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Always, close to you.




がたんがたんと電車に揺られながら、ふと、前に弁慶さんが言っていたことを思い出した。

───電車がね、あんまり好きじゃないんですよ。

何で?って聞くと、彼は珍しく苦笑して答えた。

───だって、早く君に会いたくても電車は急いでくれないでしょう。

思わず、くすっと笑ってしまう。
変なところで子どもみたいなんだから。時間が来れば、会えるのに。


今日はクリスマスイヴ。
みんな、大切な人の元に向かってる。










ガタン。

「…?」

そのとき。不意に電車が止まった。

「何…?」

車内が軽いざわめきに包まれる。
すぐにアナウンスがあって、この先の踏切で事故があったことを告げた。
困ったな…弁慶さんと約束してるのに。
でも早めに出て来たから、ちょっと遅れても大丈夫かな?

なんて、甘い読み。
…電車は30分たっても動く気配が無かった。

周りの人たちもだんだん苛立ってきてる。
かくいう私も、腕時計を見て嘆息した。
…だめだ。もう今すぐ動いてくれても少し遅刻。
メール、しなきゃ…。寒いのに待たせちゃうな…。
と、鞄を探る。けれど。

「…うそ…」

携帯が、…無い。
もう一回、ポケットから全部探る。でもやっぱりない。
──あ…。もしかして。
一気に血の気が失せた。携帯の在処に気付いて。

「…充電、しっぱなしだ…」

最低…馬鹿じゃないの!?こんなときに限って忘れるなんて!
連絡とれないよ…!
どうしよ…絶対、心配する…。
でも考えたところで為す術も無くて、私はただじりじりと電車が動き出すのを待った。


暗い私の部屋。
着信音が空しく響いて。
一人立ち尽くした弁慶さんが、
来ない返事にぱたんと携帯を閉じる。


そんな切ない光景が、リアルに頭をよぎって行った。
でも絶対、実際に起こってる光景。
不意に消えそうに儚く見える、
あの人を孤独にしたくないのに。



電車が動き出したたのは、それからさらに30分後のことだった。
駅に着いたとたん、改札を抜けるのももどかしい気持ちで私は走り出す。
ヒールのあるブーツなんて履いてくるんじゃなかった、走りにくい!
それより、待ち合わせ場所駅にすれば良かった、ここから走っても5分かかる…!
それよりもう一本早い電車にすれば良かった!
それより携帯くらい、ちゃんと持ってきてれば。
それより。
それより。


はやく、あいたい。


信号に引っ掛かって、息を乱したまま立ちすくむ。

「はぁ…はぁ…」

道行く人が変な目で見てくるのも、もう気にならない。
弁慶さんのことで頭がいっぱいだった。
心配してるよね。
それより怒って帰っちゃったかな。
もう30分以上の遅刻だもん…。

「…っ」

信号が青になった瞬間走り出す。
泣きそうになりながら急いだ。
一人で死ぬことさえ良しとした、
あの人にぬくもりを教えてあげようって、
心に決めたのに。
私が一人にさせるなんて…!




「…べん…け…っ?」

やっと着いた待ち合わせ場所で、私は息を切らせながら小さく叫んだ。
だって。
いや、やっぱり、か。
弁慶さんの姿、そこに無かったから…。

「はぁっ…は…」

帰っちゃった、のかな。やっぱり。
一気に脱力して、そばにあった手すりに両手をつく。

あーぁ。
最低。
周りにはクリスマスらしくカップルばっかりで、みんな幸せそうに行き交っていた。
そうだよね、今日ってそういう日だよね。
なのに、何で?

「…弁慶さん…」

思わずしゃがみこんでしまいそうになった。

そのとき。



……ふわ。

ふっと、優しい香りが。
…した。

とん。

私の体を挟みこむように、手すりに置かれる大きな手。
黒いコートが揺れて、私の体を覆った。
そして。
肩に感じる…あの人の体温。

「よかった………」

耳元で、少し掠れた声がした。
嘘───
じゃ、ない。
私はそっと、首だけ振り返る。
すると、至近距離で揺れる、琥珀色の瞳。
…嘘じゃない。
弁慶さんだ…。


「…心配しましたよ…」

はぁ、とため息とともに、綺麗な顔が苦しげに歪んだ。
そこではっと、浸ってる場合じゃない事に気付く。

「あ、あぁ!ごめんなさい!電車とまっちゃって、でも私携帯忘れて連絡でき」

なくて。
は、言葉にならなかった。

「っ!」

後ろからぎゅぅっと抱き締められたから。
身動きも取れないくらい、強く。

「べ、べんけ…っ!?」
「いいんです。」

強いけれど痛みを帯びた声に、心臓がきゅっとした。
あぁ、やっぱり傷つけたんだ。
孤独にしてしまったんだ。
本当に…心配させたんだ…。

「君が無事なら…いいんです」

よくないよ。
私が無事だとかそんなことより、
不安にさせてしまった事が心に痛い。

「ごめ…なさ…」

思わず弁慶さんの袖を握って謝ると、ふっと抱き締める力が緩んだ。
でも、体に回した腕は離れない。


「……」

私はそぅっと体を返した。
切ない色を湛えた弁慶さんの瞳と、視線が交わる。

「ごめんなさい…」

もう一度、謝って、俯いた。
謝ってすむ、なんて思ってないけど。
それしか出来ない気がして。
くす…と、上から笑う気配がした。

「いいんですよ。…電車、事故があったんでしょう?」
「!なんで知って…!」

驚いて顔をあげると、冷たい指が頬に触れる。

「駅まで、行ってきましたから。…行き違いになっちゃったみたいですけど」

あ…そっか…。
だから最初、いなかったんだ。

「それに、君の自宅の方にも、電話させてもらいました。お母君が、君が携帯を忘れて出ていることを確認してくれましたよ」

……え。
かぁっと顔が熱くなる。
うわ…うちのお母さん、弁慶さんとはまだ話したことなかったのに…。帰ったら絶対からかわれる…。

「ごめんなさい…うっかりしてて」

また俯くと、そのまま抱き寄せられて弁慶さんの胸の中にぽすんっと収まってしまった。

「だから、いいんですよ。もう謝らないで下さい…ちゃんと、会えたんですから。ね?」
「……」

…そう。
…だけど。
でもなんか釈然としなくて、弁慶さんを見上げようと首をひねる。

「…でも」
「でも僕は。」

何か言おうとしたら。
言葉が重なって。
私は反射的に口をつぐんでしまった。
弁慶さんの声は静かだけど、強い声だったから。
一瞬、間を置いて弁慶さんは続ける。

「もしかしたら…君が来ないのは電車のせいじゃなくて、連絡がないのも携帯を忘れたせいじゃなくて」

低い声───。

「何か…あったんじゃないかって、考えてしまって」

頬に触れる心音。
少し速い…?

「居ても立っても、いられなかったんです」

また…。
強く、ぎゅっと抱きしめられる。


それを、大袈裟だと言ってしまうことは、私にはできるはずもなかった。
死と隣り合わせの戦場で私たちは生きていた───当然、その死という存在に対して敏感になってる。
その上、やっと手に入れた平穏だから。
なくしたくないと強く思うものだから。
なおさら。

「……っ」
「望美、さん?」

胸がずきんと痛くなって。
弁慶さんの背中、ぎゅぅっと抱き締め返したら、不思議そうな声がした。
私の顔覗き込もうと、首を傾げてるのが分かる。
私はそっと顔を上げて、柔らかい色をした弁慶さんの瞳を見上げた。

「……」

……ねえどうしたら。

どうやったら伝わるだろう。

私はずっとそばにいるよ。


少し、背伸びした。


「!」

弁慶さんの体が、ぴくりと緊張する。私が───。
私が、その唇に、くちづけたから。
そっと…触れるだけのくちづけ。
初めて、私からする、キス。


「…望美さん…」

唇を放したら、弁慶さんが驚いたように目を見張ってこっちを見ていたから。

「…っ…」

何かいたたまれなくなって、俯いた。
ひゃあ…絶対今、顔真っ赤だ…!
自分からキスって、改めてすると無茶苦茶恥ずかしくない!?
あ、何か、どうしよ、変だったかも!この流れはすごい変だったかも!
うぅ…。
俯いたまま悶々としていると。
ぷっ…と、頭上で笑い声がした。
な…この人笑った!?人の精一杯を!

「笑うこと…!」
「いえ、すみません…違います」

違いますって違わないよ!まだ笑ってるくせに!
弁慶さんが笑うのをやめないから、私はむっとして腕の中から逃れようともがいた。
でも、この意外に力のある腕は、一層私を抱きすくめて離さない。

「すみませんすみません、怒らないで下さい。今、ものすごく嬉しいんですよ?まさか君からしてくれるなんて、思わなかったから…」

耳元で囁かれると、また顔が熱くなった。
恥ずかしいから改めて言わないでよ…!

「でも…」

さらりと、髪が撫でられる。
その動きに導かれるように顔を上げると、間近に甘い色を醸した瞳があった。
こつん、と、額があたる。

「…これだけ、ですか?」

「……」

何を言うかと思ったら…。
さっきまでの切ない表情はどこいったの?立ち直り速いんだから…!

「これだけ、です。」

私はふいっと顔を背けてつっぱねてやった。

「笑った罰。もう金輪際しません」

調子に乗るから、これ以上甘やかしてやらない。
しかしそう言うと、ふーん、と楽しそうな声がして。

「え?」

抗う暇もなく。

「…んっ…!?」

───唇をふさがれていた。

「んん…っ!」

いつもより、激しいキス。
呼吸さえ奪うような。

「ふぁ…っ」

やっとキスから開放されたときには、息も乱れてふらふらだった。
弁慶さんのコートを掴んで…呼吸を整えることしか、できない。

「…これくらい」
「ふ…え…?」

なに……?
ぼうっと見上げると、弁慶さんは心から楽しそうに、笑った。
それはもう、にっこりと。

「これくらい、自分からできるようになって下さいね」
「……………」

絶句する、私。
…『これくらい』って。
こんな、激しいの…。
…できるわけ、ないでしょ。

「…絶対しない。」

私はじろっと弁慶さんをにらみつけて、ぼすんと頭を押しつけてやった。
何かもう、いろいろなしくずしな感じだ。いつもいつも、いつの間にかこの人のペースで。
シリアスになりきれないのは平和な証拠───だからまだいい。けど、一番問題なのは…。
結局弁慶さんの腕の中で、ぬくいなぁ気持ちいい…なんて思ってる、私自身で。
甘いよなぁ…私…。


「何考えてるんですか?」
「…別に。」
「ふふ、ずっとこうしてましょうか?暖かいですしね」
「…さ、ご飯食べに行きましょ。」

わざと色気のないこと言って、腕の中から逃れて。
でもその指に自分の指を絡ませる。


一人にしたくない。
孤独にしたくない。
不安にさせたくない。

───じゃ、ない。

一人にされたくない。
孤独になりたくない。
不安にされたくない。

あなたと…離れたくない。

結局…一番怖がりなのは、私。



その後、二人で会うときは弁慶さんが車できてくれるようになって。
電車が禁止になったのは───。
また別の話。





  しっとり切なく……まとめるつもりだったんです。ええつもりでしたとも。(断言)
しかし後半、この二人はクリスマスだからといって人目もはばからずいちゃこいてるだけのバカップルに成り下がりました。すいません。
こ、これで…クリスマス記念ということにしてしまいます。してしまって、逃げます。



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