第一章「始まりの場所」1





どうして、私だったんだろう。


白龍が、選んだのは。


どうして、私だったんだろう。


逆鱗の力を、得たのは。


足りない。


足りないんだ、力が。


私じゃ…足りない。


何で私を選んだの、白龍。


私じゃ、変えられないんだよ。


何で私を選んだの。


あの人の…運命を…


私は──――。










空気が変わった。
私は、ゆっくりと瞼を開く。
乾燥した冷気が、刺さるように目に痛かった。
 
ここは─────宇治川。

荒い風に煽られる髪を押さえて、私は空を仰いだ。
黒い…分厚い雪雲が、空を埋め尽くしている。

二度目、だな。
ここに来るのは。

何度も何度も運命を繰り返したけど、
熊野よりも前の時空に戻るのは、
これが初めて。
始まりの場所。
ここからなら、変えられるかもしれない。
どうしても助けられなかった人達の運命を。
どうしても変えられなかった運命を。
ここからなら、もしかしたら。
変えられるかも。

「……」

私は剣の柄を握り締めると、踵を返した。

…行かなきゃ。








キシャアァァッ!
怨霊の咆哮。
そして倒れ込む女の子と、一人剣を振るう男の子の姿。
あれは…!

「朔!白龍!」

薄布がはがれていくように記憶がよみがえる。
そうだ、ここで怨霊に襲われて、朔に出会って…。

────すべてが始まったんだ。

キィンッ!
怨霊の背後から駆け寄って、今まさに白龍に振り下ろされようとしていた刀を弾く。
刀は高く宙を飛んで地面に突きたった。
がちゃがちゃと不穏な鎧の音を立てて、振り向く怨霊。
三体……あのときは朔と二人で封印するのも必死だったけど。
────今の私なら、一人で。

やれる。



「はっ!」

続け様に二体を斬り伏せ、反撃してきた三体目の斬撃を躱す。
たたらを踏んだその怨霊を背後から斬りつけると、すっと息を吸い込んだ。

「めぐれ、天の声。」

私の声に応じて、怨霊が光に包まれる。

「響け、地の声。」

ふと、誘われるように視線を動かすと、白龍と目が合った。
私をじっと見つめている。
…完全な信頼の瞳。
私は叩きつけるように言い放った。

「かのものを封ぜよ!」


────私が白龍の神子であることの、証明のように。




そこからは、初めてのときとまったく同じことが起こった。
朔が私を対だと言ってくれて、お互いに名乗りあって。
運命を繰り返すことにはもう違和感はなかった。
不審がらせないように無知を装うことにも慣れたし。
でも。

「よろしくね、白龍」

と声をかけたとき、白龍が返してくれた満面の笑みが。
…ちく、と心に刺さった。
どうしてそこまで私を信頼できるの?

私は一度、あなたを無に返してしまったのに。







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