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第二章「そして運命は流転する」1 ぽん ぽん ぽん ゆっくりしたリズムで、あったかい背中をたたく。 いつの間にかそのリズムと、膝の上の寝息は同じになっていた。 「望美…あら。」 私の後ろを通りかかった朔が、微かに笑ったような声をかけて来た。 「眠ってしまったの?白龍」 「うん」 振り向いて、微笑む。 私の膝の上で…白龍はすーすーと小さな寝息を立てていた。 「疲れたんだねーきっと。鞍馬の山奥までちゃんと自分で歩いたでしょ?えらいよねー」 そう言って、私たちの前で笑うのは……景時さん。 京に入って、数日が過ぎていた。 私にとっては、懐かしい日々。 この数日の間に、私は九郎さんに花断ちを示し、源氏の軍に加えてもらえることになった。 その九郎さんに頼まれて、景時さんにも会えて……今日は先生に会いに行ったんだけど、先生は鞍馬の庵にはいなかった。 「神泉苑じゃないかな」って私は思ったんだけど、神泉苑では今、後白河法皇が雨乞いの儀式を開いてるんだって。 そんなところに先生は姿を現さない。 でも焦らなくてもいいんじゃないかなって思う。 先生は時が来たら、必ず私に会いにくるはずだから…。 それよりも。 今気を配らなきゃいけないのは。 「おや。」 ……この人。 「……」 私は極力うさんくさげな顔にならないようにして振り返る。 「さすがの龍神でも、君の膝の上は心地良いようですね」 ────弁慶さん。 この、始まったばかりの新しい運命で、私が一番気をつけなくちゃいけない人。 頭がよくて、考えが読めなくて、加えて……きっと良くないことを考えてる。 私はにっこりと笑った。 まるで、弁慶さんの笑い方、真似するみたいに。 「弁慶さんは、疲れてませんか?」 「僕は、山は慣れてますからね。それよりも…」 弁慶さんが一歩近付いてきた。 ふわりと甘い…不思議な香りがする。 薬草の香り? 「僕は君の方が心配ですね…。今日は随分歩いたでしょう?疲れてはいませんか」 座ってる私を上から覗きこむようにすると、黒い外套から飴色の髪がこぼれ落ちた。 ふっと、吸い込まれるような感覚になる。 きれい。 でも。 きらい。 「平気です。私結構、丈夫ですから」 小さく微笑んで、すっと、不自然じゃないように目をそらす。 私はこの人が嫌いだと思った。 私に優しくしてくれた人。 私に笑ってくれた人。 私に関わった人。 その全てを。 私は助けたいと思った。 でも一度も、それを受け入れてくれなかったこの人が、私は嫌いだと思った。 生きてくれないから。 嫌いだけど、助けたい。 どうしても生かしたい。 方法がないなんて私は思わない。 自己満足と言われればそれまでかも知れないけど。 この胸の逆鱗に、私の弱さの証に、 私は誓ったから。 絶対みんな助けるんだって。 翌朝。 「譲くんこれどうしたらいい?」 「あ、そこ置いといて下さい。俺が片づけますから」 朝食の後の食器を水場に運ぶ。 ふと聞こえた鳥の声に顔を上げると、煙逃がしの格子窓から真っ青な空が見えた。 庭の樹に綺麗な色の鳥がとまっていて。 春、なんて久しぶりだ。 ずっと夏から冬を繰り返してたから、こんなあったかくて穏やかな春は久しぶり。 「…今日、法王様雨乞いの儀式するとか言ってなかったっけ」 感傷的になりかけた瞬間に、心とは全然違う言葉が出た。 譲くんが顔を上げて、私と同じように窓の外の空を見る。 「そう言えば九郎さんがそんなこと言ってましたね。でも…」 譲が言葉を濁して、私は肩をすくめてた。 「思いっっきり、晴れてるよね」 はっきり言って、雨なんか一ミリも降りそうにないよ。 そう言うと、そうですね、と譲くんも苦笑した。 「まあ雨乞いなんて非科学的な話ですから」 「…譲くん、何故か源平の争乱に参加しちゃってる平成の高校生が『非科学的』とか言っても、ぜんっぜん説得力ないよ?」 「…すみません、ほんとですね」 私たちが非科学のかたまりだもんね、今。 「んー…っ」 私はその場で大きく腕を伸ばす。 ってことは今日は九郎さんいないのか。 先生はどこにいるかわかんないし、実質動けることが何もないんだよね。 仕方ない。 今日は一日、剣の稽古でもするか……。 「先輩。」 「ん?」 急に呼びかけられて、譲くんの方を見る。 なに? 「今日の夜ごはん、何がいいですか?先輩の好きなもの作りますよ」 「…へ?」 その瞬間、鏡を見なくても私は間抜けな顔をしていたと思う。 だっていきなり『夜ごはん』ってくるとは思わなくて。 「え…え、なんでいきなり?嬉しいけど」 そう問い返すと、譲くんは少しの間答えるかどうか迷うような表情を見せた。 しばらく黙って…でも、答えてくれる。 「あの…俺の思い違いだったらすみません。先輩…少し、気を張ってませんか」 「……」 『気を張ってませんか』 とっさに答えられなかった。 確かに緊張はしてる。 だって今度こそ運命を変えたいのに、一瞬たりとも気は抜けない。 でもそれを他人に見抜かれるほど面に出していたつもりはなかった。 「……」 髪を耳の後ろにかきあげて、私は一つため息をつく。 「そんなに、わかるかな」 …ここは折れとくことにしよう。 ごまかしても譲くんはきっと気にする。 譲くんは、いつものちょっと困ったような笑顔を浮かべた。 「他の人たちは気づいてるかわかりませんが…俺は雰囲気が、なんとなく」 「ぴりぴりしてる?」 「そうですね。…少し」 「……」 ……幼なじみっていうのは、あなどれないな。 でもこの場ならきっと…この緊張は慣れない生活のためだって思ってくれる。 「…ま、ちょっとだけ、ね。でもこれでも落ち着いてきた方だよ」 私はごまかしてると思われない程度に笑って見せた。 「大丈夫ですか?無理はしないで下さいね」 譲くんは少しだけ安心したみたいだったけど、心配性だから念を押すのを忘れない。 大丈夫大丈夫。 と、軽く頷く。 「そうだ!」 「?」 「食べたいもの!プリンが食べたい!」 前に京にいた時、たしか譲くん作ってくれたんだよね、はちみつプリン。 あのときは気づく余裕なんてなかったけど…きっとあれも私を気遣って作ってくれたんだろうな…。 「プリン…ですか?」 「そう、デザートに。…無理かな」 もしかして、と思って訊いてみる。 譲くんは一瞬考えたけど、すぐ頷いてくれた。 「…やってみますよ。たぶんできると思います」 「ほんと!?やった!」 譲くんのプリンおいしいんだよね! 「うまくいくかわかりませんが、楽しみにしてて下さい」 「うん!ありがと!」 こんなたわいない会話に癒される。 ほんと、こっちに来たのが一人じゃなくてよかったって思うよ…。 |