第二章「そして運命は流転する」2





「あれ、朔、出かけるの?」

居間に戻ると朔が外出用の衣を羽織っているところだった。
返事を聞く前に、景時さんも居間に入ってくる。

「朔ー用意はできたかい?…て、あれ。望美ちゃん」
「え、景時さんも?」

二人で出かけるの?

「買い物に行くのよ。兄上には荷物を持ってもらおうと思って。何かと入り用でしょう?」

何かとって…あ。
そっか…いきなり扶養家族が二人も増えたんだもんね。
そりゃ何かと買いに行かなきゃ間に合わないか。

「そっか…お世話かけちゃって、ごめんね」

急に居候の自覚が出てきて謝ると、景時さんが慌てて手を振る。

  「そ、そんなこと言わないでよ望美ちゃん!俺たち楽しんでやってるんだからさ!」
「そうよ望美。こんなに賑やかなのは久しぶりなの。あなた達には感謝してるくらいよ」

そうは言ってくれるけど…ほんとになんにも出来ないんだよな、私。
譲くんみたいに料理も出来ないし…。
出来ることと言えば…。


「おはようございます」

急に聞こえた声にはっと振り向いた。
私と目が合うと…少し顔を傾けてにっこりと笑う。

「あら、おはようございます」
「や、弁慶。早いね、どしたの?」
「今日みなさんがどうするつもりなのか、伺っておこうと思いまして。九郎は同行出来ないでしょう?」

弁慶さん───。


どうするつもり…か。
私はどっちかっていうと、あなたがこれからどうするのかが気になるんだけど。
いつ裏切りを決めたのか。
今その胸の中に決心は在るの?
それともまだ考えてもない?
今なら…止められる?


「望美?望美はどうするの?」
「えっ────」

いきなり問いかけられて驚く。
私?

「って言ってもまだこっちのこと、よくわかんないよね。望美ちゃんは家でゆっくりしてくれてていいよ」

あ、これ、私の今日の予定訊かれてるんだ。
…って言われても、全然考えてなかったな。

『二度目』、だから。景時さんが言うほどわからない訳じゃないんだけど、京のこと。

「えーっと…私は…。それじゃ、剣の稽古でも…」

とか、さっき思ってたんだっけ。
と答えると、朔が綺麗な眉をきゅっとつり上げた。
え、なんかまずいこと言った?

「また稽古?望美…あなたは十分強いじゃないの。そんなに毎日、必死になって稽古ばかりしなくても…体をこわしてしまいそうで見てられないわ」
「さ、朔…そんなに言わなくても。望美ちゃんだってほら、いろいろと…」
「でも…」

眉をしかめる朔を慌てて景時さんがたしなめる。
私はびっくりした。
朔に心配されるほど、稽古に打ち込んでたつもりはなかったから。
だって毎日の稽古って言ったって、朝晩素振りしてるくらいで…。
朔ってこんなに心配性だったっけ?

そうやって朔に気を取られていたから…私は横からそっと近づく人に気づかなかった。

「失礼」
「ひぇっ!?」

ななななに!?
急に手を、取られた。
見ると弁慶さんが、私の右手の平をじっと見つめている。
な!何して…っ!?

  「な、なんですか!?」

予想しなかった出来事に声が裏返る。
当の弁慶さんはそんなこと気にもかけてない様子で、ふっと微笑むとすぐに私の手を解放した。

「手は、大丈夫ですね」
「は、はぁ?」

て、手ぇ?
事態を飲み込めていない私に、弁慶さんは、ええ、と笑ってみせる。

「九郎が昔よくやったんですよ。稽古に明け暮れすぎて、気がついた時には手をまめだらけにしていてね。…君も同じじゃないかと思って心配しました」
「あ、まめ…?」

言われて自分の手を見てみる。
まめなんて、初めて剣を握った時にはたくさん作ったけど…もうさすがに剣も手に馴染んでる。
最近じゃほとんど出来ない。

「なんにせよ無理はしないことよ。今日くらいゆっくりしてて頂戴」

追い打ちをかけるように朔に言われて、返す言葉が見つからない。
でもゆっくりなんて…してられないのに。


自分を追いつめてないと、不安なのに。





「では、僕も今日は用事があるので…そろそろ行きますね」

ふと。
会話のとぎれた瞬間にさらっと言うもんだから、その弁慶さんの言葉を聞き逃すところだった。
用事?

そう言えば…前のときは自分のことで精一杯で、周りの事なんて気にしてられなかったから…。
弁慶さんが『春の京で何をしていたか』、私…知らない。


────もしかしてそれが分かれば、裏切りを止める手がかりが見つかるだろうか?


「弁慶さん!」

急に大きな声で呼び止めた私に、弁慶さんだけじゃなく朔も景時さんも驚いて振り返った。
でも弁慶さんのことで頭がいっぱいで…そんなこと気にしてられない。

「その用事…私もついて行っちゃ、駄目ですか」

琥珀色の目が軽く見張られた。
明るいその瞳には心の中を見透かされそうな気がする。

駄目、って言われるかも知れない…。
そう思った。
だって、もしこのときもう弁慶さんが裏切りを決めていて…暗躍していたのなら、のこのこついてくる私の存在は邪魔なはずだ。
でも断られたら、その分その用事が『裏切り』に関わってる可能性は高い。


────さあ…
どう出る?


そう身構えたその時。

「構いませんよ」
「へ?」

あっさり答えられて、思いっきり拍子抜けした。
構いませんよって、そ、そんな簡単に。
いいの?

「い…いいんですか?」
「ええ、まあついてきても面白いことなんて無いと思いますが…君さえよければ」
どうします?

って笑顔で聞かれても…。
そこで急にさっきから黙っている朔のことが気になって、顔色をうかがってみた。

「朔…一緒に出かけてきていい?」

朔は仕方ないわねとでも言いたげに肩をすくめる。

「弁慶殿が一緒なら…まあ心配しないわ。でも弁慶殿、くれぐれも望美のこと、頼みますね」
「ええ、もちろん。僕もこれでも八葉ですからね」

朔のお許しももらえちゃった…。


「……」

それなら。
結論は。










今日はあったかいなぁ…。
隣の人の、歩くたび揺れる外套の裾を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


弁慶さんと京邸を出て、ずっと東に歩いている。
もうすぐ五条の橋だ。
どこ行くつもりなんだろう…。

「っと、危ない」
「え?あっ…」

急にふわりと肩を抱き寄せられた。
昨日もした甘い薬草の香りが外套からして、かっと顔が熱くなる。

「な、何!?」
「足下。」
「え!?」

とりあえず言われるままに、自分の足下を見やる。
私の足が今あるそのちょっと左に、地面に出っ張った石があった。

「つまずきそうでしたから」

くすくすと、頭上から忍び笑いが聞こえて、本気で頭に血が上る。

「あ、りがと…ございますっ!」

慌てて腕を突っ張って、距離を取る。
こんな隙だらけじゃ、この人がなんか企んでても丸め込まれちゃう…!
っていうか何でこの人こんなに接触過剰なの?
弁慶さんってこんな人だったっけ…。
さっき朔に感じたような違和感を、弁慶さんにも感じていた。


一人分、間を空けて弁慶さんと並ぶ。
そんな私をちらっと見て、またくすりと笑われたのがわかった。
む…むかつく…!
何これ、わざとやってる!?
じろっとにらみつけようとした瞬間、前触れもなく弁慶さんが口をひらいた。

「望美さん」
「う、…はい?」

出鼻をくじかれてきょとんとする。
五条の橋にさしかかって、踏んだ橋板がき、と鳴った。

「今日はどうして、僕についてこようと思ったんですか?」
「!」

急に核心をつかれてどきっとする。
もしかしてさっきから弁慶さんの態度が変なの…


・・・・・ 試されてる?







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