第一章「鈴の音」3







意識が、深い水の底から浮上するように覚醒した。





あたし…どうなったんだっけ…。

「……」


のそ、と、上半身を起こす。
また、部屋の中にいた。
だるい…頭、痛い…。何、これ…。
目眩が…。

「────。」

目眩?
……そうだあたし…っ!

「目覚めたか、娘。」

「!」

びくっと身を震わせて、突然の声の方を見た。
そこに端座していたのは、さっきの青い髪の武士の人じゃなかった。
翠の髪の……ものすごく、綺麗な人。
横顔しか見えないけど、男の人だよね?
次から次へと。誰?

…取りあえず。
殺されてないの?あたし。

体を起こしたところで、その翠の髪の人が睨んできた。

「娘。逃げようなどとは考えるな。結界を張った…内から触れると弾かれる」

結界?
それって…リズ先生が鞍馬の庵に張ってたような、あれ?

「ぅ……」

くら…
あ…まだ、目眩がする。息も苦しいし…。
ああもうわけ分かんないよ…。

「おや…姫君が目を覚まされたようだね」
「…?」

第三者の声。
え?と思って顔をあげると隣の部屋との衝立が退けられていて、そっちにはまだ何人か人がいるのがわかった。
今の声は、さっき女の子と一緒にいた人だ。他に、あたしと同い年くらいの茶髪の男の子と、眼鏡をかけたお兄さんがいた。

なんだこの取り合わせ。


「ご機嫌いかがかな?姫君」

いつの間にか結界の近くまで来ていたウェーブの髪の男の人が、こっちに微笑んできた。
うわ、落ち着いて見るとものすごい美形さんだ…。

姫君、なんて、ヒノエくんみたい。

あたしが何とも答えられずに黙っていると、彼はくすくすと声を立てて苦笑する。

「ああ、そんなに警戒しなくてもいいよ。突然斬りかかられて、驚いたのだろう」

ええ、それはそれは、驚きましたけど。

「君が鬼でないというからね…とりあえず話を聞こうということになったのだよ。…君のことを聞かせてくれないかい?可愛い人」
「こら友雅!いちいち口説くなって」

茶髪の男の子が呆れた顔で口を挟む。
…ともまさ、さんか。
それにしても、変な集団。

でも何か…既視感、っていうの?
どこか懐かしいこの感じ…。
なん、だろ。


「あたしのことって…言われても…」

とにかく答えようとして、あたしは口ごもった。
あたしは…今はただの一般人だし。源氏の神子って言っても、この人たちは貴族みたいだ。知ってるかどうか…。
うぅ、困ったな…。

「名前は何と言うのですか」

助け船を出すように尋ねてきたのは、眼鏡の人。優しげな微笑みを浮かべて、見るからに良い人そう。
ちょっと安心して、あたしは答えた。

「名前…名前は、春日望美です」
「そうですか。では望美殿、あなたは何の目的でこちらに来られたのですか?」

うーん、だからそれを答えられるなら答えてるんだって。

「その…」

分かんないんです、じゃ余計怪しいかな。でも他に答えようがないし…。
あ────また。
目眩がしてきた。いい加減にしてよ、もう…。

「なぜ答えぬ」

今度はまた、翠の髪の人が聞いてくる。
だからちょっと考えさせて……
って顔をそっちに向けて。

────え?

あたしは…固まった。


今初めて、正面から見た、その人の顔。
なぜか顔の半分、白いお化粧みたいなの、してるけど。
それより。
重要なことは。


「…頬……」

「…何?」

あたしにじっと見つめられて、彼が訝しげな顔をする。その頬。
見間違えるはずもない、あれは先生と同じ…
──────ぎょ、く?

「なんで…宝玉が…」
「宝玉…?」

驚いた顔をされるのも放っておいて、あたしはばっと振り返った。
ともまささん、の鎖骨の間。
眼鏡の人の、首筋。
景時さんや譲くんと同じ玉が、埋まっている。
なんで?
なんで?


「八…葉…?」


思わず、呟いていた。
まさか。
なんで、だって八葉は八人で。
黒龍の神子には八葉はいなくて。
白龍の神子は私一人なんでしょ?

…この人たちは、なに?

言葉の出ないあたしに、頬に玉のある人が怪訝な様子で呟く。

「我らを八葉と知って────龍神の神子のいる屋敷と知って、侵入したのではないのか」




ちょっと…待ってよ…。
今、何て?
『龍神の神子』?
それは、あたしじゃないの?
新しい龍神の神子が、選ばれたの?


いろんな意味でくらくらしてきた。

「違う……」

低く、あたしは呟く。
違う。
すべてが、違う。
何が違うかはわからないけど、激しい違和感。

「違う。」

何か、重大なことがあたしの身に起きてるんだ。
現状を、把握しないと。


あたしは、腹を括って…居住まいを正した。

「取り乱してすみません。────少し、混乱していまして」

急に、あたしの態度が変わったからだろう。四人の男の人たちの表情がそれぞれ、驚いた様子になった。
でもあたしだって、そっちが敵意を持たずに話を聞いてくれるなら、ちゃんと話すよ。

「まず、改めて…私があなたたちの言うところの鬼という存在ではないこと、それから一切の害意がないことを言っておきます。私がここに現れたのは、私の意思ではないんです」
「あなたの意思ではない…?では、あなたは何故ここにいるのですか?」

耳を傾けてくれる、眼鏡をかけた優しい人。
何故……それは。

「呼ばれたから…だと思います」
「呼ばれた?…何に?」

それは…多分。

白龍────に。






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