第一章「鈴の音」4 そのとき。 廊を早足で歩く数人の足音が聞こえてきた。 「あかねちゃんっ!」 「神子様!危のうございます!」 「ごめんね二人共…私やっぱりあの人と話したい!」 何やら言い争うような声。 神子様…ってもしかして、この人たちが言う、もう一人の『神子』? そして足音が止まって。 部屋の入り口に現れたのは、最初に会った女の子だった。 ───リン… あ…。 と思うよりも、早く。 ふわ。 「!」 あたしと彼女の体を取り巻く空気が、同時に光った。 その光が、ひゅっとあたしに吸い込まれるようにして消える。 「な、なんだ!?」 茶髪の男の子が、慌ててあたしと女の子の顔を見比べた。 でもあたしも彼女も気分的にはきっと同じ心境だ。 驚いた顔して顔見合わせて、自分の身に何が起こったのかわかってない。 いや、…違う。 あたしは今のが何なのか、思い当たるところがあった。 今の感じ…五行の力を得たときの感覚に似ていた。 そしてよく考えたら、さっきからの目眩は怨霊を大量に封印した後の、ものすごい疲労感に似てたんだ。 あたしは今…この女の子に五行の力を分けてもらった? だって現に今、目眩が収まってる…。 「今の神気は…!」 いつの間にか、そこには小さな小さな長い髪の女の子までいた。 「そのような神気を放つとは…皆様、この方は鬼などではございません!」 「!」 はっきりと、その子が言い切ってくれたおかげで、その場にいた全員の表情が変わった。 この子…神気とか、そういうのが見えるの? 「ねえ…」 一瞬しんとしてしまった室内で、男の子の声がした。 ひょこ、と、集まった人の一番後ろから顔を出す。 その顔をみて…あたしは唖然とした。 …だって。 その子、あたしと同じ…。 金髪に、青い瞳だったんだもん。 え…え?あんだけ大騒ぎしたのに!普通にいるじゃない!金髪の子。 何かいっぱい言いたいことありすぎてこんがらがってたら、その男の子が口を開いた。 「その人…急に現れたんでしょう?それで鬼じゃないなら…僕たちと、一緒じゃないのかな」 …『僕たちと一緒』? どういう意味? 茶髪の男の子が目を丸くする。 「まさか…現代から来たって言うのか!?」 ───その言葉に。 今度はあたしが、目を丸くする番だった。 「現代っ!?」 がば、と身を乗り出す。 現代ってまさか! この人たちも時空を超えて!? そのあたしの反応を見て、金髪の男の子の表情がぱっと明るくなった。 「やっぱり!あなたも現代から来たんでしょう?僕や天真先輩や、あかねちゃんもそうなんですよ!」 てんませんぱい? あぁ多分、この茶髪の男の子のことだよね。 そして、この女の子があかねちゃん。 ───『あかね』ちゃん。 「…お、おい。あんた本当に現代の世界から来たのか?」 てんまくん、が聞いてくる。けどちょっと放っておいて考える。何か喉元に引っ掛かってるんだ。 龍神の神子、『あかね』。 このフレーズ、あたしはどこかで聞いたことがある。 どこで? どこだった? 「おい、あんた…」 「待ちなさい、天真。何か考えているようだよ」 あかね。 あかね。 確か───。 ──先代の龍神の神子は── …嵐山。 …だ。 「あかね、ちゃん?」 「は、はい!」 ぽつ、と問い掛けると、いやに緊張した様子で彼女が返事をする。 あたしはどこか、信じられない気持ちで尋ねた。 「一つ、聞きたい。あたしは確かに現代から来たんだけど…」 来たんだけど。 「…ここは、いつ?」 そんなこと。 まさかと思うけど。 あかねちゃんは、少し迷ってから答えた。 「ごめんなさい、よくは分からないけど…。でも私たちの世界でいう平安時代…詩紋くんは、摂関政治期にそっくりだって言います」 まさかと── 思ったけど。 あかねちゃんの答えに、あたしはすべてを悟った。 ここは、先代の龍神の神子の時代。 鎌倉がたつ12世紀末、じゃない…。 あたしはまた、時空を超えてしまったんだ。 |