第一章「鈴の音」5





確か…歴史の授業で習った。
源頼朝が鎌倉幕府をたてたとされるのが、1192年。
だからあたしが最初に飛ばされた世界は、その少し前だ。
そして…藤原氏が全盛だった摂関政治期…。
道長・頼通父子が全盛期だけど、それが11世紀初頭。

あたしは、ほぼ200年の時空を超えた京に、飛ばされてしまったらしい。






「………」

取りあえず、鬼だという疑いはほぼ晴れたらしく。
あたしは大きい部屋で、円座の上にちょんと座らせられていた。
そして目の前には───この時代の白龍の神子、あかねちゃんと、お姫様みたいな格好した女の子、それと六人の男の人。
ついさっき、法衣姿の男の子がまたやってきたから、一人増えてる。
あの人も八葉、なんだろう。


「あのさぁ、あんた…」

誰が何から切り出すべきか微妙な空気の中で、てんまくん、が苦々しく口を開いた。
強い、警戒心を感じる…。
この人は、あたしをまだ完全には信用してない。

「あんた、現代から来たっていうけどさ、その格好…」

あたしを指さす。
あたしは…普通の、京娘らしく小袖に数枚重ねただけのものを着ている。

「それにあの頼久とやり合える刀の腕。…どう考えたって現代人じゃないぜ?」
「天真先輩…」

咎めるように、金髪の男の子が声を上げる。でも、てんまくんは不審げな表情を変えない。

「頼久と…!?」

法衣姿の男の子が、目を驚きに見開いてる。

よりひさ、ってさっきの…青い髪の武士の人のことだよね。
驚かれるのも当然か…争乱期の鎌倉でも、戦の前線に出る女性はそんなに多いわけじゃなかった。
まして貴族中心のこの時代じゃ…ね…。


───さて、どこから説明、始めるかな。
あたしの今の状況は、かなり複雑だ。
それに、第三者が聞いてそうそう信じられるものじゃない。
でも……。
それを信じてもらう以外、方法はない。
…信じてもらえなかったらその時はその時だ。

「……」

すっと息を吸って、背筋を伸ばして。
あたしは正面から目の前の人たちを見据える。

「…今から、私の身の上を話します。おそらく、あなた方にとっては信じがたい箇所もあると思います。だけど誓って、私は嘘は申しません。信じるか否かはお任せしますので、最後まで聞いてください」

何人かがこくりと頷いた。
だから、あたしは本題に入った。

そう、ここが、
…本題。


「私は、今から200年後の白龍の神子です。」



「………」



…おおよそ。
思った通りの反対だった。
みんな一瞬何を言われたのかわかんないような顔して。
いや…。
約三名を、除いては。

頬に玉のある人。
ともまささん。
そして一番小さい女の子…。
この三人は、あまり驚いた顔をしなかったんだ。


「…あまり、驚かれませんね」

少し首を傾げて、小さい女の子に尋ねる。
彼女は一瞬困ったような顔をして、でも真剣な表情で答えた。

「さきほど貴女様が放たれた神気…あれは、紛れもなく龍神の神気でございました。ですので、龍神に関わりのある方だとは…薄々…」
「しかし娘」

反対側から声がして顔をあげると、頬に玉のある人がこっちを見てる。

「お前の神気は強すぎる。神子と比べても強い光だった。何ゆえだ」

え?え…と、そうなの?
思わずあかねちゃんと目を見合わせるけど、彼女にもよくわからないみたい。
でもあたしには、一つ心当たりがあった。

───あたしは龍神の調和を取り戻した神子だから。


『力を……私に…力ある神子……!』
「……」

直接、頭に響いた、あれは白龍の声。
泣き叫ぶような声で。
力を求めていたんだ。

首もとを探ると、ちゃり、と小さな音を立てて鎖が引き出される。
まだ、肌身放していない白龍の逆鱗───。
これが、なんの力も示さない。
いつも感じてた暖かい波動がない…。

───白龍の身に何かあったんだ。この時代でも。
ならきっと、応龍の力を取り戻してないあかねちゃんよりあたしの力は強いはず。
『力ある神子』って、多分そういう意味だ。
あかねちゃんの力だけじゃ足りない、時代を超えたあたしの五行まで吸い取らなきゃいけないくらいの危機が、白龍に起きたなら…。


「私は…自分のいた時代で、白と黒に分かたれていた応龍の調和を取り戻しました。神力もその分強いでしょう。けれどまた白龍に呼ばれて、五行の力のほとんどを奪われました」

思案していたあたしは、顔を上げて問う。

「龍脈が…穢されたのではありませんか?」
「!」

やっぱり……。
今のみんなの反応で、わかった。あたしの思った通りなんだ。

「おわかりに…なりますか」

小さい女の子が、うなだれてしまう。まるで龍脈が穢されたのが自分の責任みたいに。

「鬼の手により四神は封じられ、龍神の力も…。そのために先日より京には雨が降りません」


雨が?
そう言われて、後ろを振り返って庭の様子を見ようとした。


…ら。



「えっ、わっ、きゃあ!?」

へ、変な声出ちゃった。
だってさっき戦った青い髪の人!真後ろの庭先に立ってたんだもんびっくりした!
気配なかったよ!?

「み…神子殿…先ほどは…」
「大丈夫ですか!?怪我とかしてませんよね!?」

あわててぬれ縁まで出る。
いや、あたしがこの人に怪我させれるなんて思ってないけど、万一ね。
よりひささん、って言ったっけ。彼は下げようとしていたらしい頭を驚いたように一瞬上げて、目を見開く。

「い、いえ、私は…。それよりも、申し訳ございません…神子殿に刀を向けるなどと…っ!」

ミコドノ?
あぁあたし?

「あ、気にしないで下さい。私のこの姿じゃ仕方ないと思います。慣れてますし大丈夫ですよ」

そうは言ってみたけど、よりひささんの表情は変わらない。逆に慣れてるって言ったことが彼の眉間のしわを深めた。
思いつめて今にも切腹しちゃいそうな表情で…。
うう、そんな気にしないでほしいんだけどな。

「あ、それより、ですね」

あたしは何とか嫌な空気を流そうと話題を変えた。切腹されても困る。

「神子殿…って、あなたは私のことを、白龍の神子だと信じて下さるんですか?」

そう問うと、彼は少し戸惑ったような表情をみせた。

「藤姫様と泰明殿が認められる神力ならば…疑う理由もないと思われますが…」

ふじひめさま…って、もしかしてこの女の子?
あ、このお屋敷のお姫様なんだ、この子。
…って、振り返ると、てんまくんが複雑な顔してこっちを見ていた。
何?

「つまりあんたは始め現代にいて、今から200年後の龍神に呼ばれてそっちのごたごた片付けて、にもかかわらずまたこっちの龍神に駆り出されて、今ここにいるってわけか?」
「簡単に言えばそうなります」

むちゃくちゃ乱暴なまとめ方だけど、間違ってない。

「こっから200年後…って、いつくらいだ?あかね」
「えっ、ええ?私?ええと…ここって何年くらいなんだろ…」

あ、あれ。二人とも歴史は苦手か。
200年後って、ものすごい大雑把に計算した数字なんだけどな。えーとつまり…。

「私がいた時代は…」


…って、口に出そうとして固まった。







『源氏』

『平氏』

この二つの姓は両方とも…平安時代から存在してる。
その姓に関わる未来を…今あたしが口にしていいのかな?







「望美…さん?」
「!」

あかねちゃんに覗き込むようにされて我に返った。

「あ、あぁ、えっと…。200年後っていうのは、つまり…」

つまり…なんだ。

「大きな…戦乱の時期です」

この言い方でわかるかな。

「戦乱…」

穏やかじゃない言葉に、その三人だけでなくまわりの人たちも軽く瞠目する。
でもあかねちゃんは、天真くんと顔を見合わせて言った。

「…戦国時代?」
「あ、その辺か?俺文系科目駄目だわ」

…うぁ、行き過ぎ行き過ぎ。


「……鎌倉…」


そのとき。
ぽつりとつぶやいたのは、金髪の男の子だった。

「…鎌倉時代…あたりじゃないですか?」

伺うようにあたしを見る。

そう!

って頷こうとした瞬間…。

「あ、源平の争乱か!」

てんまくんが、おっきな声で言っちゃってくれた。
…人がどうにかして隠そうとしてた名前を。

「……」
「え、違うのか?ほらあの、みなも…」
「うわぁストップ!!だめ!!」

そこまで言っちゃだめ!
『げんぺい』だけならまだ誤魔化せるかもしれないのに!

「あ…?なんだ?」
「あ、あってる…んですけど…」

訝しげな目で見られるのに、「お願い黙ってて」って目で訴えた。
でも何かわかってなさそうな顔…。
そんなあたしたちを傍観していたともまささんがくすくす笑う。

「それで?その戦乱の中で、龍神の神子ともあろう方が自ら刀を持って戦っていたと言うのかい?」
「え?…はい、そうです」

説明に困ってたところに急に尋ねられて、あたしはきょとんとして頷いた。
するとみんな、気まずいような怒ったような、不思議な表情になる。
え?な、なに?

「あ、あの、大変不躾なことを…私のような何の役にも立たぬ身が申し上げるのも差し出がましいのですが…」
「は、はい?」

法衣姿の男の子。何でか知らないけどやたら腰が低い。

「にょ、女性が刀を持たねばならぬなどと…そちらには八葉はいらっしゃらなかったのですか?」

え……。
え…?何、それ。
思わず絶句する。
もしかして、八葉のみんなが…ちゃんとしてなかったって思われてる!?

「違います!ちゃんといました!みんな私を守ってくれたし…!」
「では何故、あなたがそれほどの腕前になるまで刀を振るわなければならなかったのですか?」

う…眼鏡の人、口調は優しいけど言うこと鋭い。

「それは…言った通り、戦の世でしたから。八葉の人たちもそれぞれ…立場も、ありましたし。それに怨霊だけじゃない、戦である以上生きた人間も敵です。…戦えない者が、半時と立っていられる環境じゃありません」

それに戦うことはあたし自身の意志だったから。
八葉のみんなのせいじゃ…ない。

そう告げると、みんな何とも言えないような微妙な顔をした。
中でも一番不機嫌そうな顔をした頬に玉のある人が、綺麗な眉をしかめて問い返して来る。

「おかしい。八葉は神子の道具だ。選ばれた以上神子のためだけにあるべきではないのか」
「道具…?」

何…その言い方。
なんかすごい…嫌なんだけど。

「…私は八葉のみんなをそんなふうに思ったこと、一度もありませんが」
「泰明さんっ!そういう言い方やめて下さいってば!」

思わずむっとして答えると、あかねちゃんが慌ててたしなめてくれた。
あ…やば、気を遣わせちゃったか。
あたしこの気の短さどうにかしないとな…。

「あの、よろしければそちらの八葉の方々について、お聞かせ願えますか?」

遠慮がちに聞いてくる…ふじひめさま、だっけ。小さいのにしっかりした話し方する。
…くらべてあたしがしっかりしてなくて、どうする。

「そうですね。…あ」

あたしは微笑んで頷きかけて…。
気づいた。まだこの人たちの名前もちゃんと聞いてない。

「あの、…先に皆さんのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、そうですね!自己紹介してなかった」

あかねちゃんがぽんと手を打つ。
誰も異論はないみたいだった。






BACK  NEXT

top