第二章「八つの葉」1





「じゃあ、まず私から…。えっと、私は元宮あかねっていいます。
   こっちには三ヶ月くらいいるかな…あ、現代では高校一年でした!」

一年?

「あ、じゃああたし一つ年上だ…て、あ。」
なんて、素で呟いてしまって慌てて口を押さえる。
一応敬語通してたのに。

  「いいだろそれで。この場の誰もしゃべり方とか気にしねえよ、普通にしたら?

 変にかしこまられてる方が気になる」

で…でも。

「天真の言うとおりだよ、望美殿。少し肩の力を抜くといい。
 誰も君を検断しているわけではないのだから」

ともまささん、まで。年上なのに…。
でもそういえば…ちょっと、気を張りすぎてたかな。
この時代の人たちに、侮られたくないって。
そう思って、しぶしぶ頷くことにする。

「わかり…ました。できるだけ普通にします。でもほんとに普通にしますからね?
 失礼があっても知りませんよ?」

挑むように答えると、ともまささんは心底楽しげに笑った。
なに?この人。おもしろがってるの?

「じゃあ、次は…天真くん、いこうか」
「俺?あー…俺は森村天真。ダブってるから高一だけど、年はあんたと一緒。
 一応、なんだ?地の、青龍?とかいうやつらしいぜ」

地の青龍…あ、九郎さんと一緒か。
あぁ、そう言われればなんか、似てるかも。
いや、似るものなのかはよくわかんないけど。
その天真くんに促されて、例の…金髪の男の子がちょっと前に出てきた。

「僕は流山詩紋っていいます。現代では中学三年でした。
 あの…僕、おじいさんがフランス人で、クウォーターなんですけど…
 望美さんは、ハーフ…ですか?」
「うん、そう。母親がドイツなんだ」

敬語使わなくていいよって言ったら、詩紋くんは少し恥ずかしそうに笑って頷いた。
うわあぁ、どうしよ。ものすごい可愛い!
この子…まだ中三だって。こんな子が八葉として頑張ってるんだ。
鬼と戦ってるこの時代に金髪碧眼で…苦労してるんだろうな。

「あ、で…僕は、地の朱雀だって言われて…」

────────………。
………。
…え?
地、地の朱雀…?

「…?」
「あ、いやいや。何でもないよ」

…この可愛い笑顔の下に別の顔が、とか、ちょっとでも考えたあたしが馬鹿だった。
うん、ありえないありえない。
というわけで、代々の八葉になんら共通点はないんだとあたしが一人で納得してる間に、
自己紹介は次の人に移っていた。

「私は永泉と申します。仁和寺にて御仏に仕える身でしたが、
 今は八葉としてもこちらに寄せさせて頂いております。天の玄武、だそうです」
「永泉さんは、帝の弟さんなんだよ」

あかねちゃんがさらりと言った言葉にびっくりした。
帝の弟…って、皇族!?
す、すごい人が八葉にいるんだな…。
考えが顔に出てたのかもしれない。永泉さんと目があった瞬間、少し悲しげに微笑まれてしまった。
あれ…もしかして、そういう風に見上げられるの、嫌いな人なのかな。
ふっと思った間に、永泉さんは次に譲ってしまう。

「橘友雅…左近衛府の少将をつとめているよ。
 八葉としては、地の白虎というらしいね」

地の白虎…やっぱりそうなんだよね。景時さんと宝珠の場所一緒だし…。
景時さんとはだーいぶ違うタイプの人みたいだけど…。
ちらりと見上げると、友雅さんはやたら色っぽく笑って見せた。
…洗濯が趣味じゃないことは確かだ。
次は…眼鏡をかけた人。宝珠の位置からして…。

「私は、藤原鷹通といいます。治部省につとめております。
 天の白虎と認められました」

やっぱり。譲くんと一緒だもんね。
治部省…ってことは、文官さんなんだ。
で…この、頬に宝珠がある人は…。

「安倍泰明。陰陽師で、地の玄武だ」

なんだよね…やっぱり。
先生とは、…似てるのかな。寡黙そうなところは似てる。でも…。
何か、根本的なところが違うような気がする。
金髪じゃないから?
そんな違いだろうか…。


「最後になっちゃいましたけど、頼久さん、どうぞ」

あかねちゃんの声につられて目線の先を追う。
あ、よりひささんって…この人も八葉なんだ?

「は、神子殿…。私は源頼久と申します。このお屋敷にお仕えする武士団の、
 棟梁をつとめております。天の青龍、と申し受けました」
「!」

み、なもと、の……。
武士……。
一瞬、思考が止まってしまって、真正面から頼久さんの顔を凝視してしまう。
やっぱりいたんだ。
こんな近くに、源氏の…人。

「……神子殿?」

とまどったように眉を寄せられて、はっと我に返る。

  「あはは、こっちの天の青龍とはぜんぜん似てないから、ちょっとびっくりしました。
 ごめんなさい!」

慌てて笑ってごまかした。不自然じゃなかったよね?
ちゃんと思いとどまって隠しててよかった…『源氏』の名を。
源氏って一口に言ってもたくさん分かれてるだろうから、この人が九郎さんや、
頼朝にまで…繋がってるかはわからない。
でも、きっと聞いて気分のいい話じゃないよね。
200年後、この国を騒がせている大戦に…自分と同じ姓の一族が関わってるなんて。










気を取り直して、部屋の方を振り返って。はたと気がついた。

「あれ、七人?」

数え直しても…一人足りない。

「!」

そう思った瞬間、脳裏によぎった人がいた。
…将臣くん。
まさか、この時代でも八葉は…そろってない…?
どくん、と、心臓が嫌な音を立てる。
そのとき。

  「ああ、イノリな」

天真くんが、あっさりと言い放った。
イノリ?
疑問符を浮かべると、女の子がすかさず答える。

「イノリ殿ならば、遣いをやったのですが…。お仕事で出かけられているそうで
 終えてからいらっしゃるようです」
「し、ごと…」

あ…なんだ。そっか。
よかった…ちゃんとみんな、そろってるんだね。
よかった…。

「どうか…なさいましたか?」
「あ、ううん。はやくその八人目の人にも会いたいなって思っただけ」

あ、そういえば。
八葉の人たちの自己紹介は終わったけど、この女の子はまだだ。

「あなたも、お名前を聞いてもいい?」

首をかしげて問うと、笑顔で答える。

「はい!わたくしはこの屋敷の主の娘で、藤と申します。星の一族の末裔として、
 神子様のお世話をさせて頂いております」
「星の…星の一族!?」
「?はい」

こくん、と、彼女は頷いた。
星の一族…って、この時代にはちゃんといたんだ…!
え、じゃあ…待って。
この子が、遡っていけばスミレおばあちゃんの何代も前の一族当主ってことで…。
つまり、この子が、将臣くんと譲くんのご先祖様になるわけで…。

「………」

うわぁ…すごい…。
ちょっと感動して、思わず笑ってしまった。

「神子様?」
「ふふ、なんでもないよ」

あたしは笑った口元を押さえて、顔を上げる。
これでここにいる人の紹介は終わったよね。

「じゃあ、今度はこっちの時代の八葉について話しますね」

複雑になりそうな話を前に、あたしは一度深く深呼吸した。






BACK  NEXT

top