第二章「八つの葉」2





  「あたしは、二人の幼なじみと一緒に時空を越えたんです」

八葉のみんなのこと、複雑な人間関係とかできるだけわかりやすいように考えながら
あたしは口を開く。

「でも…時空の狭間で二人とははぐれちゃって。気づいたら宇治川のほとりで一人だった」
「え…!?あ、会えたんですか、その二人とは…!」

心配そうな顔であかねちゃんが聞いてくる。この子も同じような経験、したのかな。
あたしは安心させるように笑った。

「大丈夫、会えたよ。二人一緒に…じゃなかったけど。一人にはその宇治川で、すぐに会えたんだ。
 一個年下の幼なじみで、譲くんって言うんだけどね。その人が天の白虎」

そう言うと、鷹通さんが面食らったように瞬きをした。

「神子殿の世界から同行するのが、地の青龍と朱雀、と決まっているわけではないのですね…」
「はい、それは関係ないと思いますよ。こっちの地の青龍と朱雀は二人とも鎌倉時代の
 人でしたから…。あ、そう、それで!次はその二人に会ったんですよ」

あたしはぽんと手を打つ。

「地の青龍が、九郎さんって言います。地の朱雀は、弁慶さん。」
「「べ、弁慶っ!?」」

わっちゃぁ…、あかねちゃんと天真くん、呼吸合いすぎ。藤姫が驚いてるよ…。

「弁慶ってあの、に…仁王立ちの、あれ?」

おそるおそるって感じで、天真くんが聞いてくる。
あたしはちょっと首をかしげたい気持ちで、とりあえず頷いた。

「う、うん。まあ武蔵坊弁慶だからね」

想像図があたしの知る弁慶さんと果てしなくかけ離れてるだろうことは確かだけど。
ちらっと目をやると、当の地の朱雀、詩紋くんが一番びっくりした顔してた。
わ、えっと、これちょっと説明した方がいいかな!?

「あ、でもね!史実の『弁慶』とは、だいぶ違うよ。大男って言うほど大柄じゃないし。
 第一まだ若いし、顔なんて女の人かと思うくらい綺麗だし、あと口調も丁寧で柔らかい…かな」

でも説明すればするほど、現代人三人の顔に疑問の色が濃くなる。
…ダメだ。またあとでちゃんと説明しよ。

「え…じゃあ、『九郎さん』っていうのは、九郎…義経?」

詩紋くんが自信なさげに言うのに、あたしは頷いた。

「うん、そう。あたしたちはみんな九郎さんって呼んでたんだ」

そのとき。ばら、と扇の開く音がした。

「神子殿たちはその二人を知っているようだね。よほど名の聞こえた人間かな?」

扇をもてあそびながら友雅さんは問う。
あかねちゃんはこくりと頷いた。

「はい、私たちの時代では有名な人たちです。…ぁ」

あかねちゃんの表情が、一瞬こわばったのをあたしは見逃さなかった。
きっと思い出したんだ。
この二人が、決して『幸せな意味で』有名なわけじゃないってことに。

「────あたしのいた時代の、鍵を握っている人物でしたから」

あたしは現代組が源平の名を出さないうちに、と、話の主導権を取り返した。

「戦の世だってことは、言いましたよね。この国は、いわば…『東軍』と『西軍』に分かれて
 争っていたんです。九郎さんは東軍の総大将でした。右も左もわからなかったあたしと
 譲くんは東軍に保護される形になって、彼らに同行することになった」
「保護……大将殿が八葉だとわかったからですか?」

そう尋ねる永泉さんの言葉に、あたしは少し迷ってから答える。

「それも…ある、のかな。でも弁慶さんはともかく、九郎さんは『龍神の神子なんてお伽話だろう!』
 …って、最初は信じてくれませんでしたから。とりあえず同行だけ許してもらった感じで…」
「まぁ…八葉の方ですのに…神子様を信じて下さらなかったのですか…?」

まるで自分が信じてもらえなかったように眉を寄せる藤姫。
え?いや、そんな顔しなくても大丈夫だよ?後から認めてくれたし。

「…天真くぅん…?」
「いや!ちょっと待てあかね!そこでなんで俺を睨む!」

…あ、こっちでは天真くんが同じ八卦だからって訳のわからない罪をかぶせられかけてる。
……早く話進めた方がいいな。

「大丈夫ですよ、九郎さん以外の人はみんな親切にしてくれたし、九郎さんだって
 ちゃんとわかってくれました。それに…東軍には『白龍の神子』が必要だった」

……平家が…。

「敵の西軍が…怨霊を作り出していたから。怨霊を封印できる白龍の神子の力は、
 欠かせなかったんです」

そう言うと、その場にいた全員の表情が硬くなった。

「怨霊を…作り出す?…怨霊は陰陽の偏りや穢れ、嘆きから生まれいづるもの。
 作り出すなど不可能だ」

泰明さんはそう言う。
そう言えば朔もそんなことを言っていたな…と思って、あたしは俯く。

「あたしもよくわかっているわけじゃないですけど…、あちら側は、『黒龍の逆鱗』を使って
 怨霊を作り出していたんです。戦で死んだ兵士もそうして蘇らせて…『死せぬ一門』、
 っていうものを作り上げようとしていた。…その言葉通り、怨霊になった兵士は斬っても
 死なないんですよ。封印…しなければ何度でも立ち上がって向かってくる」

あかねちゃんが小さく息を呑む。

「ひ、とを……」

────その反応でわかった。
この時代には…純粋に穢れや嘆きから生まれた怨霊しかいないんだ。
あかねちゃんの隣に座る藤姫が、青い顔をしているのにあたしは気づいた。

「…ごめんなさい。女の子に聞かせる話じゃなかったね」

思わず苦笑して安心させるように謝ると、藤姫はまだ青い顔をしていたけどすっと背筋を
伸ばして顔を上げる。

「いえ、お気遣いなさらず神子様!それよりも、『黒龍の逆鱗』というものについて
 お聞かせ願えますか?人の身で怨霊を作り出すなど…!」
「…ああ、俺も聞きたい。怨霊を…」

え、と視線を巡らすと、これまでになく真剣な表情をした天真くんが、あたしをじっと見つめていた。

「怨霊を作り出していたのは、…黒龍の神子、なのか…?」
「!」

な…に、それ。
思いも寄らなかった言葉に、あたしは一瞬返すべき答えを見失う。
あ…そうか。
今のあたしの説明じゃそういう風に聞こえちゃっても仕方ないんだ…。

「違う。」

声に出すと…意識していたよりずっと、硬い声が出た。
天真くんがびっくりしたように目を見張る。

「怨霊を作っていたのは西軍の棟梁。逆鱗は龍神の力の源なんだけど、彼はそれを奪って
 力を悪用していたの。…黒龍の神子はあたしの親友だよ。あの世界のこといろいろ
 教えてくれたりして…ずっと一緒に戦った仲間」
「親友…?」
「そう」

目を見つめてしっかり頷くと、天真くんの表情がゆっくりと柔らかくなった。

「そっか…親友か。よかった」



────この人…。


今天真くんが見せたような、表情、目……。
あたしは見たことがあった。
……『見守る人』の、優しい目…。
────景時さんと、一緒。

「……その、黒龍の神子、朔のお兄さんが地の白虎です」

そんな風に深く考えずに言った言葉。
それに天真くんは何故か、げ、とでも言いたそうな変な顔をした。

「…地の、白虎…?」
「え?うん、そう。景時さんって言うんだけどね」
「おやおや、天真。そう嫌そうな顔をするものではないよ」

友雅さんがくすくすと笑いながらからかうように言う。
地の白虎…て、あーぁ。
もしかしてみんな、景時さんのことも友雅さんみたいな人だと思ってる?
あたしはさっき友雅さんが地の白虎だって知った時の自分の驚きを重ねて、あははと苦笑した。

「景時さんは、東軍の棟梁の腹心で、陰陽師です。いつも笑顔で優しくて、楽しい人ですよ。
 朔にはいつも頼りないっていわれて落ち込んでますけど…」
「…正反対。」

苦虫を噛み潰したような顔で天真くんに睨まれた友雅さんは、扇を口元に当ててからかうように
微笑した。

「まあ、私は優しい男ではないね…」

この二人さっきからこの調子だなぁ、もしかして仲悪いの?

「陰陽師…?安倍家の者か」

そのとき初めて泰明さんが少し興味深げな声を発した。
あ、そっか。泰明さんは安倍の陰陽師だって言ってたっけ。
あたしは首を横に振る。

「いいえ。でも安倍家で修行したって言ってました。…泰明さんのだーいぶ後輩ですね」







BACK  NEXT

top