第二章「八つの葉」3





で、だ。
あと説明してないのは誰だっけ…。
あたしは指を折って考えた。
あ、ヒノエくんがまだか。

「えっと後…天の朱雀。は、ヒノエくんって言います」
「天の朱雀…ってああ、イノリはまだ来てないな」

天真くんが胡座をかいた足を組み直しながら言った。
イノリ……か。どんな人なんだろ。
ヒノエくんと似てるのかな。
全然違うのかな。

「ヒノエくんは、東軍にも西軍にも中立を保ってた…熊野の別当です。別当としては
 中立でしたけど、八葉として個人的には東軍に同行してくれました」
「熊野の…!立派な方が八葉にいらっしゃったのですね」

感心したように永泉さんが言う。
あーそっか、ヒノエくんってそう言えば神職なんだった。それも熊野の。
いっつもあの調子だから忘れちゃうよ。

「んーでも、同い年だったしそんな近づきがたい感じじゃなかったですよ」

むしろ向こうから近づいてきたし。

「同い年?そんな偉そうなやつが?…どんなやつだったんだ?」

天真くんが興味を示して身を乗り出してきた。
どんなって…そりゃ、ねぇ…。
あたしはちらりと視線を動かす。
友雅さんに目をとめた。

「……友雅さんに初めて会ったとき、ちょっとヒノエくんに似てるって思ったんだ」
「はぁ!?友雅ぁ!?」

天真くんだけじゃなくて、その場にいた全員が──当の友雅さん以外──絶句する。
えええ!?なんかみんなすごいリアクションだよ!?
そんな意外!?

「え!み、見た目とかは全然違うタイプなんだけどね!喋り方とか!」

何故か慌てて弁解してしまった。
わたわたと手を振る。
天真くんはまた、うぇ、と呻いて胸のあたりを押さえた。

「……イノリじゃねぇな」
「……だいぶ違うみたいだね」

天真くんの呻きに隣の詩紋くんが感慨深げに頷いている。
……ほんとにイノリって、どんな人なんだろ。
ものすごーく、気になってきたんですけど。




さてと、気を取り直して次は…と思った時、ちょうど永泉さんとぴったり目が合ってしまった。
ああ、敦盛さんもまだだったよね。

「えーと、後は天の玄武!敦盛さんって名前なんです」

ぽんと手を打って言うと、永泉さんはちょっと不安そうに首をかしげた。

「…あの、その方はどういったご身分の…?」

あ、さっきから続くギャップに不安を覚えてるなこの人。
でも天の玄武はあんまり違和感ないような…。

「えっとそうですね。敦盛さんは…」


────怨霊。


っていうのは言いたくなかった。
その言葉は敦盛さんが心を持った「生きた」人間だってことを否定する言葉だと思うから。
みんなもびっくりするだろうし…。

「…望美殿?」
「あ、いえ。…敦盛さんは、もともと西軍の人でした」

あたしは敦盛さんが怨霊だってことより軽い事実を言ったつもりだったから…さらっと
その言葉を放った。
でもそれは、こっちの人たちには十分衝撃を与えたみたいで。

「て、敵方────だったということですか?」

神妙な顔つきで、永泉さんは問う。
あたしはぶんぶんと首を横に振った。

「いえ!『元』です『元』!…敦盛さんは戦で怪我をして倒れてたのを、私と譲くんとで
 助けたんです」

まあ…あの後九郎さんとは一悶着あったけど。

「敦盛さんは西軍が怨霊を使っていることに反対してました。怨霊は哀しい存在だから、
 全て封印されなきゃいけないって。…だから、自分自身が八葉で、私が怨霊を封印できる
 白龍の神子だって知ると…、西軍を裏切ることになっても、私たちに同行してくれた」

だから心配しないで下さいって、微笑みかけると永泉さんはほっとしたように笑った。


そう。
敦盛さんはずっと一緒にいてくれた……平家なのに。
でも……将臣くん、は────。

考えると不思議だね。
ずっと一緒に育ってきた幼なじみは、時空に…引き裂かれてしまったなんて。


「あの…ご気分でもお悪いのですか?薬湯をお持ちしましょうか」
「!」

藤姫の声がしてはっと我に返る。
あ、やば…今一瞬固まってた?あたし。

「ううん、そうじゃないよ大丈夫!ちょっと…次の人、どう説明しようか考えてて」

慌てて笑顔を作って手を振る。
って…ごまかしても将臣くんのことは、話さなきゃいけないんだけど。

…考えてても、仕方ないんだよね。

「天の青龍が…まだでしたよね」

あたしはゆっくり話し出した。

「天の青龍は、将臣くんっていって、譲くんのお兄さん。私と一緒に時空を超えたもう一人の
 幼なじみです」
「あ、そうだ。…ちゃんと会えたんですよね?」

首を傾けてあかねちゃんが訊いてくる。
うん…会えたのは、会えたね。
でも。

「会えたよ。けど────」

一度、息を吸い込む。


「将臣くんは西軍の大将になってた」


空気が固まる。
敦盛さんが平家の出だっていった時よりも空気が重いのは…あたしの、表情が違うからだろう。
友雅さんがぱちりと扇を閉じて、その音がやけに部屋に響いた。


「時空を越える時にだいぶはぐれちゃったみたいで。…将臣くんは一人で、私や譲くんより
 三年も早い時空の京に、落とされたんです。ちょうど西軍が京で栄えていた頃でした」

頭の回転が速そうな人は、もう気づいたみたいな顔してる。
あたしは一気に喋ってしまおうと思った。

「将臣くんは西軍の棟梁の亡くなった息子に似ていたそうです。それで…私たちと同じように
 京を彷徨っていたところを、西軍の棟梁に保護された。その恩を返すために、将臣くんは
 西軍を率いたんです」

平家が、生き残るために。

「本当に…敵だった、って…こと?」

あかねちゃんの呟く声が…自然とか細くなる。
あたしは静かに頷いた。

「お互い、戦場で会っちゃうまで…知らなかったんだけどね。敵同士になってたなんて」


「………」

────また重い、沈黙が落ちた。


…でも、あれ。
と、ふと我に返って考える。
将臣くんとは結局、荼吉尼天を倒すために一緒に戦ったんだけど…。
この説明だけじゃ、将臣くんとあたし、敵のまま終わっちゃったって思われる?
…よね?
ちらっと見た庭先じゃ、頼久さんが眉間に深いしわを寄せて考え込んでいた。
わ!うわ!ちゃんと説明しなきゃ!

「しかし…筒井筒の姫君より一宿の恩をとるとは、なかなかに罪な男だね」
「友雅殿!茶化すようなことでは…!」
「あああいいんです!大丈夫ですから!」

友雅さんをとがめようとする鷹通さんを、慌てて制す。
っていうかほんとに、ここで茶化すなんて友雅さん相当いい性格してるな。

「私も将臣くんも、自分の居場所をくれた人たちを助けたいだけだったから。お互いの
 軍を殲滅し合うんじゃなくて、戦の原因を絶つことで、最終的に協力できたんです。
 …だから、大丈夫なんですよ」

黒龍の逆鱗を取り返して荼吉尼天を封じた。
それは、あたしたちみんなの力で成し遂げたことだ。

「そうなの?…本当に大丈夫?」

あかねちゃんが心配そうな顔をするから、あたしはことさらに笑顔を作って見せた。

「うん!ほんとほんと!みんな無事だし!」

今はもう、京にも鎌倉にも平和が戻ってるしね。
そう言うと、やっとあかねちゃんは少し笑ってくれた。

「そっかぁ…よかった」

ほんとに、心底よかったって顔して。
いい子だなぁ、この子。




……って。
ひたってる場合じゃ、ないんだよね。
まだ説明してない人がいる、ひとり。
ふっと脳裏をよぎる記憶。


『ひっ……お、鬼!』


嵐山での、星の一族の人の反応を思い出す。
恐怖と、嫌悪に満ちた表情…あれが、この時代から引きずった鬼と京人との確執を表してる。
なら。

「……」

最後の、先生のことを説明するのは、将臣くんの説明よりずっと難しい。
この時代で京を滅ぼそうとした────



おにのひと。







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